ものスゴLIVE

<第1弾>佐賀の歴史や伝統工芸に関する知識を深めよう!

  • 1問目
    縄文時代、矢じりの材料として使われたある石は、伊万里市の腰岳(こしだけ)で採取することができ、その石は朝鮮半島にも運ばれていました。この矢じりの材料として使われたある石とはなんでしょう?
  • 2問目
    有田焼は、江戸時代初期に李参平が有田の泉山で良質なカオリン石を発掘し、それを材料にして日本最古の○○として誕生しました。○○にはいる言葉は次のうちどれでしょう?
  • 3問目
    およそ300年前の江戸時代(元禄時代)に生まれた日本最古の絨毯(じゅうたん)鍋島緞通(なべしまだんつう)は優美な趣から当時の佐賀藩主(鍋島公)にも親しまれていました。その鍋島緞通に使われた材料は次のうちどれでしょう?
  • 4問目
    手織りの錦織物「佐賀錦(さがにしき)」は、江戸時代中期、鹿島鍋島家9代目藩主夫人があるものを見て、発案されたと伝えられています。夫人は一体何をみて佐賀錦を発案したでしょう?
  • 5問目
    江戸時代末期(幕末)に、佐賀藩は日本初の実用的な蒸気船「凌風丸(りょうふうまる)」を完成させました。この船はどのようにして前に進んだでしょう?
  • 6問目
    幕末に佐賀藩は日本で初めて鉄製の大砲を作ることに成功しました。そのために使った施設はどれでしょう?
  • 7問目
    佐賀の伝統的な工芸品である諸富家具を作っている団体では、佐賀県産の木材を活用し、木のトロフィーや時計、キーホルダーなどの記念品を作っており、その材料には太良町の木材も使われています。太良町にある林の一部では、樹齢○○年を超えるスギ・ヒノキの森林を目指す「多良岳○○年の森」という事業が始められています。○○に入る年数は次のうちどれでしょう?
  • 8問目
    伝統文化の交流プラザ「有田館」では、世界で唯一の○○のカラクリ人形の上演を行っています。○○に入る言葉は次のうちどれでしょう?
  • 9問目
    佐賀では「弓野人形」という人形づくりが伝統工芸としてありますが、これは何を原料としている人形でしょう?

不正解

正解は③の「黒曜石」

<解説>

黒曜石は矢じりなどの石器に使われる材料で、伊万里市の腰岳周辺をはじめとした各地の遺跡で発見されています。朝鮮半島や沖縄本島でも腰岳の黒曜石が発見されており、広い範囲で交易が行われていたと考えられています。

正解!

<解説>

黒曜石は矢じりなどの石器に使われる材料で、伊万里市の腰岳周辺をはじめとした各地の遺跡で発見されています。朝鮮半島や沖縄本島でも腰岳の黒曜石が発見されており、広い範囲で交易が行われていたと考えられています。

不正解

正解は①の「磁器」

<解説>

石が原料となっているものが「磁器」、土が原料となっているものが「陶器」と呼ばれ、それらの総称は「陶磁器」と呼ばれます。
カオリンはカオリン鉱物を主成分とし、白色に焼き上がる粘土のことをいいます。高温度に耐える性質の目安を示す耐火度がかなり高いことが特徴です。

正解!

<解説>

石が原料となっているものが「磁器」、土が原料となっているものが「陶器」と呼ばれ、それらの総称は「陶磁器」と呼ばれます。
カオリンはカオリン鉱物を主成分とし、白色に焼き上がる粘土のことをいいます。高温度に耐える性質の目安を示す耐火度がかなり高いことが特徴です。

不正解

正解は②の「木綿」

<解説>

鍋島緞通は佐賀藩から幕府や親藩大名への贈り物として用いられていましたが、その間、一般への販売は禁じられていました。明治維新以降その禁は解かれ、戦時中も技術保存のための製作が認められ、研究を重ねながら今日の鍋島緞通が築かれてきました。

正解!

<解説>

鍋島緞通は佐賀藩から幕府や親藩大名への贈り物として用いられていましたが、その間、一般への販売は禁じられていました。明治維新以降その禁は解かれ、戦時中も技術保存のための製作が認められ、研究を重ねながら今日の鍋島緞通が築かれてきました。

不正解

正解は③の「天井」

<解説>

鹿島鍋島家9代目藩主夫人の柏岡の方が病床に伏せていた際、部屋の網代組(あじろくみ)の天井の美しさを見て佐賀錦を発案したと伝えられています。
佐賀錦は経糸(たていと)に金、銀、漆を貼った和紙を裁断したもの、緯糸(よこいと)に染色した絹糸を使って手織りするのが特徴で、草履やバッグなど、主に小物の装飾として使われます。

正解!

<解説>

鹿島鍋島家9代目藩主夫人の柏岡の方が病床に伏せていた際、部屋の網代組(あじろくみ)の天井の美しさを見て佐賀錦を発案したと伝えられています。
佐賀錦は経糸(たていと)に金、銀、漆を貼った和紙を裁断したもの、緯糸(よこいと)に染色した絹糸を使って手織りするのが特徴で、草履やバッグなど、主に小物の装飾として使われます。

不正解

正解は①の「船体の両側にある水車のような「外輪」を回転させて」

<解説>

1853年の黒船来航を契機に、江戸幕府は1855年に長崎海軍伝習所を設けました。多くの佐賀藩士はそこで航海術や造船技術を学び、1865年に佐賀藩は日本初の実用蒸気船「凌風丸」を完成させました。「凌風丸」は、船体の両側に水車のような推進器をつけた外輪船で、蒸気の力を使っておよそ時速7.5kmの速さで進みました。

正解!

<解説>

1853年の黒船来航を契機に、江戸幕府は1855年に長崎海軍伝習所を設けました。多くの佐賀藩士はそこで航海術や造船技術を学び、1865年に佐賀藩は日本初の実用蒸気船「凌風丸」を完成させました。「凌風丸」は、船体の両側に水車のような推進器をつけた外輪船で、蒸気の力を使っておよそ時速7.5kmの速さで進みました。

不正解

正解は①の「反射炉」

<解説>

反射炉とは、燃料の熱を壁や天井で反射させて炉内の温度を上げ、鉄や銅などの金属を溶かす溶解炉であり、その完成により、日本でも鉄製大砲の鋳造が可能となりました。

正解!

<解説>

反射炉とは、燃料の熱を壁や天井で反射させて炉内の温度を上げ、鉄や銅などの金属を溶かす溶解炉であり、その完成により、日本でも鉄製大砲の鋳造が可能となりました。

不正解

正解は③の「200年」

<解説>

太良町は、町有林の一部で樹齢200年を超えるスギ・ヒノキの森林を目指して「多良岳200年の森」事業を始めました。
現在、樹齢約50年の木の間伐を長期的に繰り返しており、最終的には1haあたりの本数が100本で、樹高が40m、直径が1mの大径材を目指します。

正解!

<解説>

太良町は、町有林の一部で樹齢200年を超えるスギ・ヒノキの森林を目指して「多良岳200年の森」事業を始めました。
現在、樹齢約50年の木の間伐を長期的に繰り返しており、最終的には1haあたりの本数が100本で、樹高が40m、直径が1mの大径材を目指します。

不正解

正解は③の「磁器製」

<解説>

磁器製カラクリ人形は1996年に有田で開催された「ジャパンエキスポ佐賀’96 世界・焱の博覧会」の際、有田の伝統技術と最先端のメカトロニクスを駆使して制作されました。
有田館では磁器製カラクリ人形の上演のほか、有田焼の販売、季節に応じた企画展、観光案内などが行われています。

正解!

<解説>

磁器製カラクリ人形は1996年に有田で開催された「ジャパンエキスポ佐賀’96 世界・焱の博覧会」の際、有田の伝統技術と最先端のメカトロニクスを駆使して制作されました。
有田館では磁器製カラクリ人形の上演のほか、有田焼の販売、季節に応じた企画展、観光案内などが行われています。

不正解

正解は③の「土」

<解説>

弓野人形は、博多人形師の原田亀治郎が九州各地で修行した後、1882年に弓野地区で製作した土人形が始まりだったと伝えられています。今では、節句人形のほか、床の間に飾る土人形や鳩笛なども販売され、弓野人形の魅力が世に広まっています。昭和初期には菓子メーカーのグリコから依頼を受け、商品のおまけとなる人形を大量に生産したこともあります。

正解!

<解説>

弓野人形は、博多人形師の原田亀治郎が九州各地で修行した後、1882年に弓野地区で製作した土人形が始まりだったと伝えられています。今では、節句人形のほか、床の間に飾る土人形や鳩笛なども販売され、弓野人形の魅力が世に広まっています。昭和初期には菓子メーカーのグリコから依頼を受け、商品のおまけとなる人形を大量に生産したこともあります。